2012年6月28日 (木)

昨夜のブログの訂正!

昨夜、。『現代詩手帖』7月号にぼくの詩作品が出る予定です。と書きましたが、とんでもない失態でした。作品が掲載されるのは9月号らしいです。編集上、7月、8月は無理のようです。なんだか、校正も急いで出したので、てっきり7月号かと思いました。まあ、雑誌の編集もいろいろあるからしかたないでしょう。もしかして次々号ぐらいになるかもとは言われていたので、それはいたしかたありません。
「独合点」はなんとか発送準備が終え、発送いたします。詩集のお礼状も、たまってきたのでこれから書いていこうと思っています。そのあと、勉強会の雑誌「扉」の2号の製作にかかります。「交野が原」に載せていただく詩も出しました。

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2008年5月21日 (水)

小野十三郎の詩

 久しぶりに小野十三郎の詩を読んだ。ふとしたきっかけで思いだしたので、調べてみた。葉鶏頭をぼきりと折って、それを振りかざして逃げていく・・・たしか、そんな内容の詩、でした。

盗む

          小野十三郎

街道沿の畑の中で

葉鶏頭を盗もうと思った

葉鶏頭はたやすくもへし折られた

ぼきりとまことに気持ちのいい音とともに

――そしてしづかな貞淑な秋の陽がみちていた

盗人奴! とどなるものもない

ぼくはむしろその声が聞きたかったのだ

もしそのとき誰かが叫んでくれたら

ぼくはどんなに滑稽に愉快に

頭に葉鶏頭をふりかざして

晩秋の一条街道をかけ出すことが出来ただらう

しかしあまりにたやすく平凡に暢気に

当然すぎる位つまらなく盗んだ葉鶏頭を

ぼくはいま無造作に

この橋の上からなげすてるだろう

    
        (詩集「半分開いた窓」から)

 どうしてこの詩を思い出したのだろう? そんなことはどうでもいいか。なんとなくいい。ただ、それだけで、いい。





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2007年11月15日 (木)

感覚

 感覚

夏の青い夕暮れには、ぼくは細道を行くだろう、
小麦の穂にちくちく刺されながら、雑草を踏みに。
夢想家のぼくは、その爽やかさを足に感じるだろう。
ぼくは無帽の頭を、風に気ままに洗わせるだろう。

ぼくは語ろうとせず、何ごとも思わないだろう。
しかし限りない愛が、ぼくの魂にこみあげてきて、
ぼくは行くだろう、遠く、遥か遠く、ジプシーのように、
自然のなかを、―― 一人の女性と連れ立ったように楽しく。

 これはランボーの詩、「感覚」です。訳は清岡卓行氏。河出書房版です。
 ランボーの詩のなかでは、なぜか一番好きなのです。どうしてだか説明できないのですが、ピッタリくるんです。とくに清岡訳が一番、というか、清岡訳でないとダメみたい。不思議ですねえ。読んだ感覚でしかわからないものがあるのかもしれません。みなさんもいろいろな訳で読み比べてください。
 なお、最終行の「自然」には傍点「ヽヽ」がついています。また、「一人」の前はスラッシュ「-」です。ご了解を。

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2007年10月29日 (月)

伊藤比呂美さんの朗読会

 今日は詩の朗読会に行ってきた。詩人たちの肉聲を聴く!「第135回ポエトリーヴォイスサーキット」(巡回朗読会)です。本日は伊藤比呂美さん。場所は京橋のギャルリーユマニテです。
 萩原朔太郎賞の「とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起 」から、また、「コヨーテ・ソング」 からも一篇、読んでくれた。
 独特のリズム感、はりあげなくてもよく通る声、絶妙な間、いろいろと勉強させていただきました。
「音楽や、芝居、それらの特別な教育は受けていない。でも、言葉はしっかりやってきた。練習はしない。間違えてもそれは自分の言葉。それを声に出す」というようなことを最後に言っていた(違ったらすみません。どなたか訂正願います)のが印象的だった。
 朗読の良さの要素を満たしているものだったと思う。すばらしい朗読会だった。

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2007年8月28日 (火)

ファンタジー

「マツの木の王子」キャロル=ジェイムズ作 猪熊葉子訳、フェリシモ出版 というファンタジーを読んだ。
 マツ林に住むマツの王子が、シラカバの少女を好きになりました。マツ林にシラカバの木が生えるのはまわりが許しません。二人は木こりによって切り倒されてしまいます。しかし二人の愛はここからはじまるのです。彫刻家の手によって、馬と鹿にうまれかわって・・・。
 木、というよりは、生命を感じさせる作品であることには間違いはない。愛することとは?やさしさとは?を木の行く末を追いながら考えることができる。ファンタジーというと、昨今では「ハリーポッター」を思いうかべるかもしれないが、文学である以上、ファンタジーであっても、人間の本質が書けていなければ何の意味もないのである。

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2006年11月12日 (日)

11月10日、歴程祭にでかけました。

今年の歴程賞は井川博年さんの詩集「幸福」と、高橋英夫さんの評論集「時空蒼茫」におくられた。歴程新鋭賞には浜田優さんの「ある街の観察」だった。
井川博年さんにはいろいろなところでお会いすることがあり、話しもいろいろ聞かせてもらっている。会うたびに、なんて、この人は詩が(文学が)好きな人なんだ!と思うことである。この詩集が歴程賞に決まったということは、とっても意義があると思う。なぜかはここでは書かない。いずれ書くことがあったら、書く・・・かもしれない。
ともかく、ぼくは井川ファンでもあるし、この賞を取ってくれて、単純にうれしいのだ!というわけで、井川さんの写真を載せちゃおうと思う。パーティーの席で携帯でとったものです。井川さんの承諾は得ていない。。。けど、いいかな。
すみません。
 井川さん、おめでとうございます!

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2006年9月11日 (月)

「ナツノトビラ」

NHKでやっていた維新派公演「ナツノトビラ」を見た。なにげなしに見ていたのだが、だんだんと引き込まれてしまった。演劇なんてあまり見にいけないので、たまにはいいなあと思いました。メールしながら見てたので、もういちど最初から全部見たいなあ。できればナマで。

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2006年9月 6日 (水)

おはなし会

毎週水曜日は「おはなし会」がある。つまりは、子どもたちに絵本を読んだりしているのだ。当番制なので、毎週私がおこなっているのではないが、今日はその当番日。ぐずついた天気だったので、子どもが集まるか心配だったけど、なんと、満員御礼の札をだしたいくらい。いや、それにしても、子どもが絵本を見ているときの顔は素晴らしい。それに比べて、ゲームをやっているときの顔は怖い。
でも、「おはなし会」やったあとは、どっと疲れる気がします。精気を吸い取られているみたい。

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2006年8月20日 (日)

カミーユ・クローデル展に行ってきました。

今日はお仕事は交替していて、お休みです。奥さんとチビはポケモンの映画に行くことになっているようで、急遽、自由行動です。というわけで、かねてから観ておきたいと思っていた、府中美術館の「カミーユ・クローデル展」へ行ってきました。私の住んでるところからは、けっこう行きにくい場所で乗り換えが多くなります。2時間もかかってしまいました。でも、行って良かった!です。迫力あるものから、柔和な肌のもの、老人のシワまで丁寧に描いたブロンズがそこにはありました。ワルツと題された一連の彫刻は、とっても流れがあってステキでした。子どもの頭だけのブロンズもあり、ぼくにはそれが印象的だったなあ。
図録がほしかったけれど、最終日ということもあって、売り切れでした。人気が高い!なんとなく、カミーユ・クローデルに恋しそうな気分になりました!

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