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2009年10月29日 (木)

大人のためのお話会 2

座間市公民館において、「大人のためのお話会」が行われました。本当に、皆さんうまい! わたしも詩を三篇朗読してきましたが、まっ、自分のことはさておき、お話の世界に浸りました。よかったです。最初に「おにのうで」をお話した田所さん、落着いていて、しっとりとした感じがとてもよかったです。「仙人のおしえ」上里さんはなんとなくたどたどしいのですが、そこが魅力、ストーリー展開のおもしろさを感じました。「うば百合のたたり」を語った吉泉さん、風邪?のため声がでなかったようで、ちょっと痛々しかったですが、たんたんと聞き入りました。「手なし娘」を語った藤井さんは、おっとりというかボクトツというか、耳に残る語りが印象的でした。後半はぼくの詩の朗読からはじまりました・・・。「小鳥になった美しい妹」を語った佐藤さん。さすが!といえるほど、物語の中に引きずり込まれましたよ!うまい!圧巻は島津さんの「きこりと小鬼たち」でした。抑揚といい、間合いといい、絶妙という言葉がぴったり。最高の語りじゃないのかな。ラストは古市さん。「パンドラ」を語ってくれました。もう、お話を覚えて語っているとかいう類じゃなくて、体にしみこんだ言葉をそのまましゃべっているという感じ。お話の極致に達していると思いました。今日はどうもありがとう。いい経験をいたしました。座間にはこんな素晴らしい人たちがいる!

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2009年10月28日 (水)

大人のためのお話会

明日、夜、7時より、座間市公民館において、「大人のためのお話会」がおこなわれます。ぼくは自作詩の朗読をします。出演は後半の最初ですので、たぶん、8時前後になろうかと思います。現在、散文詩を書き続けていますので、そのどれか、一、二編、読もうと思っています。まだきめていません。お時間のあるかた、どうぞいらしてください。もちろん、おはなしが満載、たのしい会になると思います。

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2009年10月26日 (月)

「Relaxin」の入院日記

雨の月曜日。休みの日です。何の用事もなく、ひたすら送られてきた詩誌を読みました。その中で、新井隆人さんの「Relaxin」がおもしろかった。以前、ちょっと紹介したことのある雑誌だけど、今回は「入院日記」。本人が入院したいきさつから入院の状況、退院までを日記として綴っている。だから「おもしろかった」というのは失礼ですね。そう、ぼくが言いたいのは、新井隆人さんの詩人、文章家、としての根性なんです。病気は自分の、いわば、危機ですよね。それさえも、しっかり記録として文を書き、ひとつの形として残す。できるようで、なかなかできることじゃないと思うよ。これは、ぼくは素晴らしいことだと思う。で、新井さん、退院おめでとう。ぼくも黒い便には注意します。「Relaxin」どうもありがとう。

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2009年10月25日 (日)

どうもありがとう。

昨夜、昔の友人たちと会いました。詩を書き始めてすぐの頃に入った同人誌「浮遊」の仲間です。ぼくの「独合点」100号のお祝いということでした。お祝いというよりは、みんなで飲んで食べて、いろいろ話をするだけです。でも、昔の友人はいいものです。各自、それぞれの道を歩んでいますが、みな、生きることに何かを求めているような気がしました。ぼくの「独合点」が100号になったので、お祝いもいただきました。「魔法の花」と呼ばれている、生花を特別に加工したプリザーブドフラワー、「明月記」の一筆箋、フルトヴェングラー指揮のベートーヴェン「第九番」のCD・・・などです。一人、「あ~、ぼくはなにも持ってこなかった・・・」といって困った顔をした、友よ。何も困ることはない。君は電車を乗り継いで、一番遠いところから、雨の中、傘も持たずにやって来たじゃないか。ありがとう。(あっ、傘はただ忘れただけかい?)

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2009年10月23日 (金)

サナギになってくれました。

幼虫君、やっとサナギになってくれました。糸の吐く量がすくなかったので、これでサナギになれるのか、心配でしたが、大丈夫でした。でも、不思議ですね。ぐにゃぐにゃのようなあの体がカチコチになって、そして変化するなんてね。

詩のモチーフをつかんだとき、ずっと寝かせておくんです。それで、ふと思い返すときがくるのです。そうしないと、ぼくの場合、詩になりません。モチーフを獲得した時が幼虫なら、サナギはモチーフを寝かせている時間だと言えますね。詩という蝶ができるまで・・・。

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2009年10月20日 (火)

幼虫君。

幼虫君、元気ありません。蛹になれるかなあ。

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2009年10月18日 (日)

横浜詩人会賞。

横浜詩人会賞の授賞式だった。夜、用事があったので、朗読会と、授賞式だけに参加して、帰ってきた。浅野言朗さんの「2 6=64/窓の分割」(2の6乗)という詩集。それから、桜井さざえさんの「海の伝説」という詩集。二冊のダブル授賞でした。桜井さんの授賞のスピーチがとってもうれしそうで、良かったです。詩を書き続ける、ということがやはり大事なんだと思う。つくづく・・・。

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2009年10月17日 (土)

かわいいお客様。

今日は、11月15日(日)に相模原市立図書館で行われる平和朗読会「昭和の記憶~今西祐行と古山高麗雄」の打ち合わせがありました。舞台、音響、照明をチェック。そして少しリハーサル。なんとか、朗読できそうです。さて、それとは別に、ぼくの机の上にはかわいいお客様が・・・。アゲハの幼虫です。キアゲハの幼虫も以前いただいて、それは蛹になってます。こいつもそろそろか・・・。

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2009年10月15日 (木)

遅れてきた郵便物

詩誌や詩集をいただいたなら、読んでお礼状をだす。ということを頑張ってきたが、これがまたむずかしい。で、今日来た郵便物の中に、ぼくの旧住所で送ったため一度戻り、改めて差し出してくださった方もいた。ずいぶんと日にちが経っており、中の一筆箋には「暑くなってきましたね。ご自愛ください。」とあった。涼しいを通り越して寒くなってきた時期だけに、このような文章がなんだか懐かしく、とってもうれしい気がした。だって、そういうのって、面倒になって再度送るなんてしないかもしれないし、でも、送ってくださったというのは、やっぱり読んでほしいからにちがいなく・・・。どうもありがとう。感謝。だからしっかり読んで、返信をしようと思う。それは自分の詩のためでもあると思うしね。

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2009年10月13日 (火)

スエズ運河から。

ステキな絵葉書をもらった。真っ赤な大地に木がポツンとある、ケニアの風景写真。文面はこうだ。

「今日10月1日。ケニアから10日かけ紅海を通過。スエズ運河を一日かかって進み、明日エジプトに着きます。(中略)写真はアフリカのケニアで撮ったものです。精霊が宿ると言われる木で、金井さんにはおわかりですね。アフリカは赤い大地、青い空、白い雲がどこまでも続いていて、ゾウ、キリン、シマウマが見られました。(後略)」

写真にある木は精霊が宿る木、のようだ。金井さんにはお分かりですね。と書かれているが、ぼくに何がわかるのだろう? 「お分かりですね」と書かれるとなんだか、わかったつもりになってしまうのも不思議だけど。それにしても、こうやって旅を続けて、写真をとって、それを絵葉書にして(船の先頭に座り書いています、と書いてある)ぼくに送ってくれた・・・。なんだか、写真の中の精霊の木をみながら、なんとなく、ジ~ンときて、とってもうれしくなったのだ。こうやって、ぼくに絵葉書を送ってくれる人がいる!・・・と。と、まてよ、差出し人は一体誰だ? と思って、名前を探すが、見当たらない。スエズ運河の上から、2009.10.1という文字が最後にあるばかり。異国の切手が悲しげだった。さて、どなたがぼくに、こんな感動的な絵葉書を送ってくださったのだろうか?

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2009年10月12日 (月)

長谷川四郎。

「KAWADE道の手帖」というシリーズ本のなかの一冊、「長谷川四郎」を借りてきた。「デルスウ・ウザーラ」の訳者というのがいいのか、小説「鶴」「シベリア物語」の作者といえばいいのか、とにかく多彩な文筆家だ。今ではあまり読まれない人になってしまったかも知れないけど、こういう人がもっと読まれるべき、なのではないか、と思う。この本には小沢信男、津野海太郎、福島紀幸の鼎談もあり、おもしろい。新日本文学の人だったので、鶴見俊輔や、中野重治、それに菅原克己等々のエッセイまで載っていた。「デルスウ・ウザーラ」と「シルカ」という短編小説しか、ぼくは読んだことがないが、長谷川四郎には興味がある。

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2009年10月11日 (日)

和合さんの詩

詩誌「ウルトラ」13号を読んだ。吉増剛造さんの特集。まあ、それはいいのだが、和合亮一さんの「無人になるために」という詩が気になった。その、出だしの2行「深夜に無人の大型バスが頭の中で激しく横転しているので、深夜に大型バスが頭の中で激しく横転しているのだ。」とあった。一見同じ文章の繰り返しのようだが、ぼくは違うように思えてならない。「自分の意識が深夜に、変なふうに切り替わり、その後、変革してしまった」という解釈ができる。その後の詩句がまたメチャクチャでおもしろいので、それとなくそう思った。そして、この横転するバスがキーワードになっている。おもしろい詩だった。

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2009年10月 9日 (金)

境界線

先日書いたものを読み返した。自分では詩のつもりで書いたのだが、詩とは遠く離れたものだった。これにはびっくりした。詩と詩でないものの境界線は何なのだろう? 今、ずっとそれを考えている。それから、詩を書いていれば、詩人なのだろうか? 詩を書かなくても詩人はいるよ。詩を書いていても、詩人じゃない人はいっぱいいるし。

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2009年10月 8日 (木)

自分の詩を。

毎日、鬱々と、詩のことを考えていて、ときどき、詩を書いてもいて、でも、他のどの詩人とも会って詩の話をしていない。これでいいのだろうか? でも、仕事をして、疲れて帰ってきて、本を読みながら居眠りをし、詩を考え、体力もなく、だがウォーキングだけは続け、夜、飲みに出かける体力・気力がない。ねむい・・・。ぼくはこれで、終わってしまうのか? いやいや、まだまだ詩を書きつづけるぞ。ぼくはそれだけで、いい。自分の詩を。

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2009年10月 7日 (水)

書いては消し・・・。

書いては消して、書き直す。これで、もういいだろうと思う。でもきっと、明日の朝読み返した時、気に入らなくなっている。どこまでも、詩は、いい詩になろうと自分で思っている。出来損ないばかりできてしまうけど。ね。

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2009年10月 6日 (火)

伊藤芳博詩集「誰もやってこない」

伊藤芳博詩集「誰もやってこない」(ふたば工房発行)を読んだ。詩集全体から、伊藤さんの嘆きのような声が響いてくる。この悲しげな声は何なのだろう?怒り?かもしれない。伊藤さんは怒っているのだ。世界に対して。ぼくは伊藤さんのように強くなれないなあ、とボンヤリ思った。伊藤芳博は素晴らしい詩人だ。

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2009年10月 4日 (日)

ひとつの生きかた。

今日も歩いている最中、上を見ながら歩いた。月がほんとうにきれいだった。太宰治が「斜陽」を書くまでに至る経緯をたんたんと解き明かしていく、NHKのETV特集を見た。すごくよかった。ひとつの生きかたを貫くことができるかどうか、だと思った。

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2009年10月 3日 (土)

十五夜

午後7時にウォーキングにでたら、外は真っ暗。雲が厚くて月も星もみえない。でも、1時間もあるくと、次第に空の雲が取れて、きれいな月が見えた。十五夜なのだ。本当にきれいな月だった。

歩きながら、いい詩を書くにはどうすればいいのか、考えた。

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2009年10月 2日 (金)

柴田千晶さんの句集「赤き毛皮」

柴田千晶さんの句集をいただいた。「赤き毛皮」。すっきりとした表紙に書かれた赤い東京タワー。とってもいい感じ。今井聖さんの序文がまた的確。あとがきの文章もうまい!ぼくは俳句はよくわからんが、おもしろい。

夜の梅鋏のごとくひらく足

単純な穴になりたし曼珠沙華

内腿に触れし冷たき耳ふたつ

と、まあ、こんな具合に意味深い言葉が続くのである。詩も書くし、映画の脚本も書くし、漫画の原作も書く。そして俳句もすっごい腕前・・・。柴田千晶はすごいなあ。脱帽。

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