徳島へ。
明日から徳島県へ行きます。親戚の結婚式に出席です。老両親をつれて、車です。29日は吉祥寺で忘年会があります。29日の朝、徳島を発つので、こちらに何時頃帰ってこられるか、わかりません。無理、無茶をせず、安全運転でいきます。しかし、今年はなんだか、最初から最後まで、親戚関係の出来事が多かったです。なんなんだろ? というわけで、ブログは29日までお休み・・・とかなんとか言って、ホテルのパソコンからでも、ブログ打っちゃおうかな~。では。
明日から徳島県へ行きます。親戚の結婚式に出席です。老両親をつれて、車です。29日は吉祥寺で忘年会があります。29日の朝、徳島を発つので、こちらに何時頃帰ってこられるか、わかりません。無理、無茶をせず、安全運転でいきます。しかし、今年はなんだか、最初から最後まで、親戚関係の出来事が多かったです。なんなんだろ? というわけで、ブログは29日までお休み・・・とかなんとか言って、ホテルのパソコンからでも、ブログ打っちゃおうかな~。では。
NHKの「クローズアップ現代」という番組で、「言語力の低下」について放送していた。若い人たちの間で、じぶんの意思がきちんと言葉にして伝えられないというのだ。サッカーの日本代表がワールドカップで勝てなかったのにも、言語力の低下があるのではないかという。言葉は思考の中心にあり、源でもある。言語力が落ちている人々が、今の詩をうまく読みこなすことはますます期待薄である。したがって、詩は亡くならないとしても、ますます読まれなくなっていくのではないかと危惧するのだ。ただ、「言葉は技術fではない」という発言もあり、これにはホッとした。言葉は技術ではない。気持ちの発動なのだと思う。詩もそこから生まれたものだけが、今後読まれていくのではないだろうか。「クローズアップ現代」をみて、ふと感じた。
小野十三郎、丸山薫、を読む。またまた詩集と詩誌がたまってきたので、それも読まねば。でも、連休中、仕事なので、疲れた頭で、昔読んだ詩をボーッと読みかえすのがうれしい。そういうとき、昔の自分に帰る。言葉が体に沁みてくる。
たぶん、他の人たちは、ぼくのことを、フツーに生活している人間におもうだろう。でも、ぼくの中では、つねに、詩を探している。つねに文学のことを考えている。こんなことを書くと、変人扱いされるかもしれないが、そういう生活がぼくの生活だ。誉められることでもないし、威張ることでもないけど、それでも詩を見つけるのはむずかしいのだ。
人間ドックであった。とくに異常はないようだが、まだきちんとした結果は後日だ。体重をしぼって、かなり落とした。このほうが調子がいい。ウォーキングが効果あったようだ。思えば去年の9月から歩き始めたのだから、もう、一年以上歩いている。これからも続けようと思う。詩を書くにも体力が必要。まず健康でなければ。でも、いい詩を書くには、少し人間的に病んでいたほうがいい詩が書けるような気もするけど。どうかな?
ずっと散文詩を書き続けてきた。かなりたまった。未発表のものもかなりある。でも、そろそろ、自分の中で、今の形式での散文詩は終わりのような気がしてきた。言葉が均衡を失ってきた。と思う。さて、明日は人間ドックだ。
休み日だが、午前中、仕事。午後からは、部屋の中にいっぱいある詩集と詩誌を整理する。だんだん足の踏み場がなくなってくる。小学校三年生の息子がどかどかと入ってくると、必ず、積んであった本にぶつかってなだれがおきる。詩誌、詩集は捨てられない。
相模原の図書館で、平和朗読会「昭和の記憶」が開かれた。今西祐行と古山高麗雄の作品の朗読会でした。ぼくは古山作品、「蟻の自由」を朗読しました。とってもいい作品です。みなさまも機会がありましたら、ご一読を。今日、来ていただいた方、また陰ながら応援してくれた方、どうもありがとう。
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